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尾高淳忠

”青天を衝け”を5回分、一気に見て。

「長く生きて国に尽くされ、言葉もない。残され、生き続けることが、どれほど苦であったことか…。私はねぎらう立場にないが、尊いことと感服している」

1年間、見続けた大河ドラマ。
久し振りのお休みをいただいた時に、5回分を連続して見た。
毎週見ている方には「は?」と言われてしまうほどのタイムラグだが、グラント将軍を迎えた回から、徳川慶喜を始め、渋澤喜作、伊藤博文、井上馨などが次々と亡くなる回までを一気に見た。
奥様の千代さんが大活躍して、すぐにコレラを患い亡くなってしまい、悲しかった。

一番心に残ったのは、徳川慶喜が、尾高淳忠(おだかじゅんちゅう)にかけた、冒頭の言葉。

尾高淳忠は、埼玉の豪農の長男で、主人公 渋澤栄一の従兄にあたる人物。
秀才で、地元の子たちに、論語や水戸学などの学問を始め、剣術も教えていた。
すぐ下の弟は、長七郎と言い、武芸に優れ、幕末の志士として、攘夷運動にのめりこみ、”北武蔵の天狗”と称されたほどの剣の腕前だったと言う。
攘夷運動の仲間から将来を嘱望されたが、時代の流れに巻き込まれ、歴史の表舞台に立つことなく、不幸な最後を静かに迎えている。
その下の妹は、渋澤栄一の幼馴染で、喜作と争い、栄一がめとった前述の千代さん。
末の弟、平九郎は、栄一の妹と結婚していたようだが、栄一の養子となり、戊辰戦争に淳忠、喜作とともに参戦し、敗走する最中に、新政府軍に討たれた。

弟たちの最期を受け入れ、長兄にもかかわらず、最も長生きした淳忠。
養蚕の技術と知識を新政府に評価され、弟を殺されたといったんはためらうものの、富岡製糸場の初代工場長となり、娘とともに、女性の社会進出にも寄与した。

そんな淳忠のすべてに報いるようなセリフであり、史実か否かは分からないが、美しい、胸に刺さる言葉だった。

出典:NHKオンライン”青天を衝け”より

私自身も、2014年に、混乱を極めた、この会社に残ることを決め、今の立場になって、なんとか会社を継続している。
私が言われた言葉ではないが、心のどこかで、自分にもそう言ってほしい、あるいは言われた気がして、心が震えた。

12月は、残念ながら、久しぶりの退職者もいた。
長い間、私を、会社を支えてくれた方。
とても悲しいけれど、私はまた、ここに残って、ここにいるみんなのため、ご支持くださるお客様のために、頑張るだけだ。

食を通じて、社会に貢献したい。

 

―ちなみに、「青天を衝け」。
まだ最終回は見ていない…。

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