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高島一周1。

事務所を離れて、再び高島港に、木下さんと戻った。

「木下さん。私、ここから、島を一周したいと思います。徒歩でどのくらいかかりますか?」
「大森社長、少し待ってもらえば、車で送りますよ。」
「大丈夫です、健脚なんで。」

島の周囲は6.4㎞ほど。
徒歩で1時間くらいとの事。

早速、一周開始。

港のすぐ近くには建造中の大きな船が見え、整備された公園には、公衆浴場があった。
その手前に、ひときわ目立つ銅像は、高島炭鉱を支えた、三菱財閥の祖、岩崎弥太郎だった。

歴史の参考書でも目にしたことがある岩崎弥太郎のひげをたたえ、強い目つきの表情で、まっすぐ腕を伸ばしたポーズ。

まるで「ここを掘れ!そして発展せよ」と言っているようだった。

私は渋沢栄一の方が好きだけれど、岩崎弥太郎も良いな。

我ながら偉そうだけれど、そう思った(大河ドラマの見過ぎ???)。

また少し歩くと、”○○炭鉱跡”と言う標識がいくつかあったので、その一つを訪ねて見ようと島の外周ルートを外れて、中の道に入ってみた。

が、階段を登っても登っても炭鉱跡らしきものはなく、廃墟、あるいは主を失ったような民家をいくつか目にするだけだった。

そして、元の道を戻ることにした。

「もし万が一、ここで自分が行方不明になっても、誰にも気づいてもらえないかもしれない。」

元の外周ルートに戻り、再び歩いた。
右手の方に、高島海水浴場があった。
旧小学校の建物や跡地を利用したような施設。
湾内には、サンゴ礁があるそうで、高島のおすすめスポットのひとつだ。

海岸から本当にすぐそこに、サンゴ礁が見えた。
サンゴ礁には、熱帯魚も生息しているそうで、魅力的に見えたが、、、いかんせん、人がおらず、、、寂しげだった。

そこから5分くらいすると、今は地続きとなっている飛鳥島が見えた。
絶好の漁場として人気で、休日には釣り人が絶えないのだそう。

またさらに歩を進めると、旧グラバー別邸跡地があった。
海に突き出た半島のような場所に、幕末のイギリス人商人 グラバーの別荘があった。
高島に炭鉱が見つかり、商業化するために、船で何度も来ていたそう。
やがて、船着き場だった、その半島のような場所に、別荘を作り、高島滞在中はそこに住んだらしい。

グラバーは近代的な設備を高島に持ち込んだのだが、運営はうまく行かず、明治政府が国有化した後、後藤象二郎が払い下げを受け、これまたうまくいかず、大隈重信や福沢諭吉から頼まれた岩崎弥太郎が事業を引き継ぎ、大成功させた。

松の木の間を縫って、海岸が見えるので、崖の上に登って、元の船着き場や海を見ようと思ったのだけれど、、、今一度、

「いや、ここで行方不明になったら誰にも気づいてもらえない。」と自制した。

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