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世界遺産 北渓井坑 軍艦島 高島

高島一周2。

グラバー別邸跡のすぐ近く、立派な民家に迷い込んだ。

住んでいる?住んでない?

と思いつつ、スルーして歩を早めて降りていくと、”後藤象二郎邸跡の碑”と立派な石碑が建っていた。

高島炭鉱は、グラバーの後に、国有となり、岩崎弥太郎に引き継がれる前に、後藤象二郎が払い下げを受けている。

本当に、ここにあったのか、先ほどの民家がそれの遺構なのか、調べてみたけれど公式的な資料は見当たらず、よく分からなかった。

それにしても、廃墟となった団地や民家がとても多い。

もう少し行くと、世界遺産 明治日本の産業革命遺産に指定された史跡があった。

北渓井坑(ほっけいせいこう)跡地。

グラバーがイギリスの近代的な炭鉱切削の蒸気機関を導入し設置した場所で、明治維新の世界遺産群に指定されている高島唯一の史跡で、コンクリートの下には秀逸な当時の遺跡が今も残っていることが、発掘の際に分かったらしいのだけれど、、、

何というか、やっぱり少し寂しい場所だった。

高島陣屋跡という標識も見たが、森の向こうは立ち入り禁止区域なっており、柵を乗り越えて見たい気持ちもあったが、三度(みたび)、自制することにした。

この辺りが、高島一周の半分くらい。

登りが多かった道がやや下っていき、木々が途切れて視界が開けてくると、眼下に海が見えてきた。


なんとなく、気持ちも晴れやかになる。
ぼんやりと島々も見える。
西の海岸なので、五島列島だろう。

左に大きく曲がっていくと、お!と思った。
目を凝らしてよおく見てみる。

―間違いない、軍艦島だ!

まだもう少し先にならないと見えないと思っていた軍艦島が、思いがけず視界に入って来たので、とても盛り上がった。

高島西岸には旧住宅街は少なく、海岸線のルートは、見渡す限りの海と、軍艦島だけ。
しばらくその景色を堪能しながら歩いた。

石炭を運んだというトロッコ路線の史跡もあったが、レンガのトンネルのようなものだけが残っており、看板にある説明文によると、線路の跡は残されておらず、どのルートを走っていたかは不明なのだと言う。

気づくと、左手には、二時間ほど前までいた、ファーストトマトのハウスと旧公民館の事務所が見えてきた。
ほぼ一周達成したわけだ。

道のりはまだ少しだけあり、南に突き出た”軍艦島が見える丘”に続く。
だだっ広い平らな道が、ほぼまっすぐ、その丘に向かっており、また歩いた。

麓に着くと、案内板があり、整備された登山道を登った。

あの坂を登れば…海が見える。

展望台が整備されていて、正面(南)には軍艦島、左手(西)には長崎本土と熊本の天草が見えた。
絶えず吹き荒れる風を浴びながら、美しい海と廃墟と化した軍艦島をしばらく眺めた。

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